こたつの日記

韓国ドラマを見たり、マッチングアプリをしている

今日もあなたに太陽を〜精神科ナースのダイアリー〜

 

Netflix韓国ドラマ「今日もあなたに太陽を〜精神科ナースのダイアリー〜」(原題:精神科病棟にも朝が来ます)を見た。

ネタバレありで、感想というよりも、ドラマに関連して実生活で思うところを書く。

 

タイトル通り、精神科病棟で働くナースの話。

 

ドラマ内で印象的だったのは、後半に主人公ダウン自身がうつ病になった後にナースとして復帰したときの話。

うつ病患者に看護されるなんて許せない!という感じで、患者親族たちのデモが発生する。

なんて想像力がない人たちなんだ…それは家族である入院患者の復帰後に、同じことをされても文句は言えない、一生社会には戻りません、排斥されて構いませんということと同じなのだけど、そこに想像力が働かないのか…と思って見ていた。

ドラマとしては結局、看護師長が同じ理屈で説得をし、デモは治っていた。

 

でも、実生活でもなんとなくおなじような雰囲気を感じることはあり、特に私の母親がそんな感じなのだ。

自分は、自分の家族は精神病にはならないと、おそらく根底では思っているのをうっすら感じる。

私としては、自分もいつそちらに行くか分からないと思いながら生活をしている。なのでそんな母親を見ているとヒヤヒヤする。

というか、実際には父方の親族には精神病を患っている人が数名おり、おそらく母親は無意識にその周辺の人の心を刺しているんだろうなと思う。

 

私が実家に住んでいたころ、父方の親戚のおばさんが、(詳細は分からないが)おそらく幻覚を見るタイプの精神病を患っていた。おばさんは元々は遠方に住んでいたが、精神病となりうちの近所の実家に戻ってきたという感じだった。なので、私と母親にとっては突如現れた親戚の知らない人で、変な人であった。自分の家だと命を狙われるから泊まらせてくれと言ったり、少し休憩させてくれと言いうちの家に入ってきてお経的ななにかを唱えはじめたり、うちの庭で何かに取り憑かれたかのように唱えながら足踏みをしていた。当時は精神病の知識もなかったので、正直かなり怖かった。しばらくしてどこかの施設に入ったとは聞いたが、母親は親戚が集まるといまだに面白おかしくその頃の話をするときがある。

ただ、昔からおばさんを知っている人で、その奇行を見ていない人からすると、母親の話ぶりには気分を害するだろうな、と思う。先日親戚の1人が「〇〇ちゃんの悪口やめなよ」と言った。我慢の限界だったのだろう。

娘の私が言うべきだったのかもしれない。

 

精神病に対して、自分はならないだろうと思うのは、日々のストレスがなく健康に生きられているのでいいことなのかもしれない。でも他者に対して理解を持てないのは問題だと思う。

私も、自分もそちら側に行くかも、という考えが頭の片隅にあるから、「相手は気分を悪くするだろうな」と考えがよぎるけど、そういう気持ちがない人は、やはり相手のことに対して思い至ることができないのだろうか。どうしたらいいのだろうか。